第1話














目が覚めると、

俺はベットに横たわっていた。

ゆっくりと起きあがる。


白い白い天井。


今まで、自分が見たことのない風景。

俺が今まで見てきたものは、何もかも溶かしてしまうような暗闇だけだった。


俺が最後に光を見たのはいつだろう?


もう、覚えていない。


ただ、

ただただ、目の前に広がる光が懐かしくて、


たった、ソレだけのことなのに、不覚にも泣きそうになってしまう。

でも、涙など出ない。

とうに感情など消え、枯れてしまったから。

ソレが、悲しい。


これは夢なのだろうか?


夢なら、まだ覚めないでほしい。

これ以上、俺から何かを奪わないでほしい。

もう、奪われるものは何も無いと分かっていても、そう思ってしまう。


そう、思うことは、我が儘だろうか?


・・・我が儘でもいい。

そう、思えた。


実験サンプルとして十年近く囚われていた俺にとって、

ソレくらい許される気がした。


まだ、あの場所から、救い出されたとも限らないのに・・・


目が覚めれば、またあの苦しみを味わうことになるかも知れないのに・・・


なぜだろう?


感情なんて、とうに死んだと思っていたのに、

頬が濡れているのは、何故だろう?


消えかかっていた、俺の感情が再び蘇るのに、そう時間は掛からなかった。


気がついたら、俺は大声を上げて泣いていた。


泣きながら、自分の腕を、思いっきり引っ掻いてみる。


投与されていた薬の効果なのか、

薄い皮膚は爪を立てた程度でも、簡単に裂けて・・・


鮮血が滴った。



痛かった


うれしかった


辛かった


悲しかった



現実だ。

俺は、あの研究所から、救われたんだ。

助け出されたんだ。


夢じゃない。

感覚だってある。



全ての、今までせき止められていた、全ての感情が、まるで水流のように流れ出た。









□ □ □












額に当たった、冷たい感触により、目が覚めた。


あの後、俺は、泣き疲れて寝てしまったのだろうか?

目が覚めても、

やはり白い天井が広がっていた。


十数年ぶりの喜びを再び噛みしめる。


俺は額に手を当てる。


額に乗っていたそれは、タオルだった。


俺はいきおい良く起きあがる。





くん・・・?」



一瞬、何を言われたか分からなかった。

声のした方をゆっくりと見る。


それから、しばらくして、自分の名前を言われたことに気づく。

ずっと、長い間名前なんか呼ばれなかったから、忘れかけていた自分の名前。


そして、俺の名を呼んでくれた、とても、とても懐かしい人の名前を言う。



「七ちゃん・・・?」



聞こえるか聞こえないか分からないくらいの小さな消えそうな声だったと思う。

ずっと、誰ともしゃべっていなかった性で、声帯が鈍っているのだろう。



それでも、七ちゃんにはしっかり聞こえたみたいだった。



「―――・・・、く・・・ん。・・ふっ・・・」



俺の名前をもう一度呼び七ちゃんは泣き出した。

それにつられて、俺も再び泣き出す。


七ちゃんは泣きながら俺を抱きしめる。



「な・・なちゃ・・ずっと、ずっとぉ、・・会いたかった・・」


「うん」


「辛かったし、恐かった・・・なんで、もっと早く来てくんなかったの・・・!」


「うん、・・・ごめ・・・んね」


「もぅ、七ちゃんや、空もナオくんの顔もよく思い出せなくなってて、

このまま忘れちゃって・・・何にも分かんなくなっちゃったらって、・・・ずっと恐かったんだよっ!」


くん・・・」



俺は七ちゃんに縋るように抱きついて泣いた。


感情が止めどなく溢れ出てくる。







ずっと、ずっと側に居て欲しかった




置いてってほしくなかった






もう、一人になんて、なりたくなかった



















+後書き+


七ちゃんに思いをぶつけてみました。

くんにとって、七ちゃんはお母さんみたいな存在なんです。

くんはずっとひとりぼっちで辛かったんです。

なんか泣いてばっかりの夢主。

もうしばらく、この、へなちょこシリアスにつき合って下さい。

後、2,3話こういう話を書いたら、後はギャグに走りたいです。



06.02.14